活版印刷

 

「印刷」という言葉は、かつては活版印刷を意味していました。世界で初めて印刷を発明したといわれる古代中国の印刷技術も、グーテンベルクの近代式印刷技術も活版印刷であり、活版印刷はオフセット印刷などが普及するまで長らく印刷技術の主流であり続けました。

 

今日でも、活版印刷はその独特な魅力から多くのファンを持ち、また技術の進歩から従来では不可能だった印刷表現を可能としています。

 

ここでは、活版印刷に関する基礎的な知識や活版印刷の魅力、そして近年の活版印刷のトレンドや最新の活版印刷技術についての概略を紹介します。

 

 

1章 活版印刷の基礎技術

 

活版印刷

 

1. 活版印刷の原理

活版印刷の原理は「はんこ」とよく似ています。 版にインキを塗り、紙に押し当てると凸部に付着したインキが紙に転写されます。これは「凸版印刷」と呼ばれる印刷原理を利用したもので、凸版印刷技術のうち、文字や図柄などが刻印された「活字」を組み合わせて行う凸版印刷のことを「活字版印刷技術」と呼び分け、これが省略されて「活版印刷(Typography)」と呼ばれるようになりました。

 

伝統的な活版印刷では、漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベットなどの文字や記号が刻印された金属製の活字をひとつひとつピックアップ(この作業を文選といいます)し、紙面のスペースにあわせた「版」を組んでいきます。その後、組み上げた版を印刷機にセットし、版にインキをつけ、均質な印圧で紙に印刷を行います。(なお、組み上げた版から紙型をとり、これを鉛板に移してから鉛板で印刷するという技法もあります)

 

印刷の際に版につけるインキの量や印圧を調整することで、活版印刷ならではの微妙な印刷表現のニュアンスを生み出すことが可能になるのです。

 

なお、活版印刷を行うためにはひらがな・かたかな・アルファベット・記号類のほか数千もの漢字の活字が必要で、さらに文字ごとにさまざまなサイズの活字が必要とされます。このため、活版印刷を行う印刷会社では数万という単位の膨大な活字が必要とされます。

 

また、これらの活字を正確に組み合わせてすばやく文選を行うためには専門的な能力が要求され、原稿を見ながら活字をピックアップする「文選工」、文選工がピックアップしてきた活字を並べて版にする「植字工」といったスペシャリストがこの作業を担当します。

 

1960年代には活版印刷は、「文選」「植字」を必要としないオフセット印刷の台頭により、次第に職人が減り

現在では「文選」「植字」をできる人が70歳代で、ほとんど後継者はいません。

 

2. 樹脂版による活版印刷

今日では、上記のような伝統的な活版印刷以外に、紫外線の照射などで硬化する樹脂を用いて版をつくる凸版印刷や亜鉛板やマグネシュウム版を感光させて、現像腐食させて凸版を作成する凸版印刷が主流です。これは厳密にいうと本来の意味での活版印刷とは異なりますが、「版を紙に押し当てて印刷する」という点に違いはないことから、これも「活版印刷」に含まれるという認識が定着しています。

 

樹脂版や亜鉛版・マグネシュウム版による活版印刷は、活字を組み合わせるタイプの活版印刷と異なり、いくらでも大きな文字や複雑な図柄を表現することが可能であり、また版面がなめらかであることから塗り面が広い図柄なども均質でムラなく印刷できるといったメリットがあります。

 

 

2章 活版印刷の魅力

 

1. 自然発生的な凹凸の魅力

活版印刷には多くの魅力がありますが、その筆頭に挙げられるのが「自然な凹凸感」でしょう。版の凸部を紙にあて、圧力をかけるという活版印刷の原理から、印刷後の紙には自然なへこみが生じます。

 

もちろん、今日の印刷技術では「エンボス加工」などインキの乗った部分をへこませる、あるいは盛り上げるためのさまざまな技術が確立されています。しかし、活版印刷の凹凸は印刷の過程で自然発生した凹凸であり、意図的にこの効果を強調しない限り、凹凸はごくわずかなものです。

 

しかし、このわずかな凹凸が印刷物に勢いや力強さを与え、現在の印刷技術の主流であるオフセットや輪転機によるフラットな印刷物とは違ったさりげないニュアンスが生まれます。

 

なお、最近はこうした凹凸効果を狙って弾力性の高い厚手の紙を用いたり、あるいは印圧を正常値よりも高く設定して印刷したりという活版印刷技術も普及していますが、こうした方法は版を傷めやすく、また印刷物の均質性が保ちにくいため、伝統的な技術を重視する当時の印刷技術者はあまり好まなかったそうです。

 

2. 文字の重厚さと力強さ

活版印刷では版の凸部を紙に押し当てるため、文字のエッジにわずかにインキが盛り上がるという特性があります。このため文字の輪郭が強調され、文字に迫力が生まれます。

 

たとえば、同じ書体・同じ文字の大きさで名刺をつくっても、オフセット印刷と活版印刷とを見比べると、あきらかに活版印刷のほうが重厚で力強い印象を受けます。 このため、いまだに「名刺は活版印刷に限る」などという根強いファンが少なくありません。

 

3. 見直される「手作り感」のプレミアム性

上記のようなインキの盛り上がりは、場合によってはわずかな「にじみ」が生じる原因となります。また版に少しでも歪みや高低差があるとインキの濃い部分と薄い部分が生じますし、インキの盛りが均質でない場合にも同様の現象が発生します(これを「刷りムラ」といいます)。インキのつきが少なすぎる場合はカスレが生じることもあります。

 

技術者の技量や使用する印刷機の品質にも左右されますが、実際の活版印刷物ではこうした不均一性はそれほど顕著なものではありません。しかし、たとえば使用した活字の文字ごとの摩耗度の違いなど、どんなにていねいに印刷しても完璧に均一性を保つことは困難です。

 

かつて、このような不均一性は活版印刷の弱点と考えられていました。しかし今日ではこのような不均一性に対して「味わいがある」と感じる人が多いようです。

 

数ある印刷技術のなかでももっとも原始的でシンプルな活版印刷。誰の目にもわかりやすい物理原理で製作される印刷物だからこそ「手作り感」が生まれやすく、そこにプレミアム性を見いだすことも可能です。

 

 

3章 活版印刷の歴史

 

1. 東洋で生まれた活版印刷

「活版印刷の発明者」といえば、15世紀に活躍したヨハネス・グーテンベルクの名があまりに有名です。しかしそれはヨーロッパの歴史のお話。世界初の活版技術はどうやらそれよりはるか以前、東洋(おそらくは中国)で発明されたようです。

 

11世紀、北宋の畢昇(ひっしょう)が膠泥活字(陶製の活字)を使っており、このほかにも14世紀初頭には3万文字にも及ぶ木製の活字を組んで印刷したという王禎(おうてい)の記録が残されています。

 

ちなみに、世界に現存する、年代が確定している最古の印刷物は日本にあります。法隆寺などに保管されている「百万塔陀羅尼」がそれで、天平宝字8(764年)、称徳天皇が鎮護国家を祈念して100万巻もの陀羅尼(仏教の呪文の一種)を印刷したものの一部が現在に伝えられています。

 

木製の活字は強度があまりないため大量の印刷物には適していません。100万巻もの印刷物を刷るにはよほど多くの版を用意したか、あるいは鋳造による金属の活字がすでに当時存在していた可能性も指摘されています。

 

2. 日本で発達した印刷技術

アルファベットを使用するヨーロッパの国々では、必要とされる活字の種類は比較的少数で済みます。しかし中国や日本のように漢字を使用する文化圏では膨大な数の活字が必要となり、また長らく日本で主流であった崩し字(筆の運びにより複数の文字を続けて書く)には印刷は不向きでした。 このため、東洋ではグーテンベルクより早く活版印刷技術は使用されていたものの、あまり広く一般に普及することはなかったようです。

 

そのかわり、日本では活字ではなく一枚の板に文字や図柄を彫り込んでいく「木版印刷(凸版印刷の一種)」が普及していきます。江戸時代に隆盛した「浮世絵」も日本を代表する多色刷りの木版印刷でしたし、時代劇などで見かける「瓦版(新聞のようなもの)」も木版印刷です。

 

こうして発達していった日本の印刷技術は当時としては世界的水準に到達し、18世紀までは活版印刷が盛んだった欧米よりも出版物の部数で日本が上回っていたといわれます。 今日行われている樹脂板による活版印刷も、こうした木版印刷の伝統や系譜を継いでいるといえるでしょう。

 

 

4章 活版印刷の現在と最新技術

 

1. レタープレスブームの到来

オフセット印刷や輪転機の普及、そしてDTP(デスクトップパブリッシング=コンピューターでデザインし、ダイレクトに製版フィルムや刷版を出力したり、オンデマンド印刷機から直接印刷したりという技術)の台頭により、多くの工程や熟練技術を要する活版印刷は印刷の主流からしだいにはずれていきました。

 

しかし、その一方で「活版印刷の魅力」で紹介したように活版印刷が持つ「良さ」に着目する若い世代も育っています。

 

ニューヨークでは、1990年代頃からレタープレス(活版印刷)ブームが発生しました。若いデザイナーがビンテージの活版印刷機をアトリエに据え、思い思いのデザインで制作するカード類などが大人気となったのです。このブームはヨーロッパや日本にも飛び火し、活版印刷の魅力が見直される大きな契機となりました。

 

2. 最新の活版印刷技術・表現

ニューヨークでブームとなったレタープレスは、従来の活版印刷よりも意図的に凹凸感を強調したものが主流でした。もちろんそうしたニュアンスを取り入れる流れは日本にもありますが、そうした新しい活版印刷の表現と最新の印刷技術を組み合わせた、あらたな表現方法も多数開発されています。

 

たとえば、

  • 厚みのあるクッション紙に深く活字を打ち込むことで奥行き感を生む技法
  • オフセット印刷と組み合わせ、印刷物の一部分だけに活版印刷を用いることでメリハリやインパクトを産む技法
  • 金や銀といったインキを活版印刷に使うことで、箔押しとはまた違った金属感を演出する技法
  • あえて広い印刷面を活版印刷にすることでカスレ感を表現する技法

羊毛紙のようなこまかな凹凸がある紙面に活版印刷をほどこすことで生まれる文字のにじみ・カスレなどでレトロ感やフワフワ感を演出する技法

などが例として挙げられるでしょう。

 

 

まとめ


デジタル全盛の今日、多くの消費者は「大量生産の画一的な工業製品」に対して飽和感や過剰感を持っているのではないでしょうか。その反動として「手作り感」や「人の手のぬくもり」を印刷物に求めているのだとしたら、昨今の活版印刷ブームの理由がうまく説明できるような気がします。

しかし、目の肥えた現代の消費者はいかに手作り感があっても稚拙なもの・粗末なものには関心を示してくれないでしょう。ここで掲げた活版印刷の「ムラ」「カスレ」「にじみ」などの個性も、それが稚拙な技術や粗末な印刷設備から偶発的に生まれたものなら、じきに飽きられてしまうのではないでしょうか。

活版印刷ブームを根付かせ、ひとつの印刷技術として世の中に息長く定着させるためには、印刷技術者とデザイナーやクリエイター、アーティストが手を結び、あらたな技術と表現方法を並行・協調して発達させていくことが重要ではないかと思われます。

 

河内屋(カワチヤ・プリント)の活版印刷について

 

ご注文・お問い合わせはこちらまで!

Tel 03-3431-3339
Fax 03-5401-3402
住所: 東京都港区新橋5-31-7 MAP