箔押し印刷とは、別名「ホットスタンプ」とも呼ばれる特殊印刷技術です。
「箔」とは「金箔」「アルミ箔」のように、本来金属を薄く延ばしたものの総称です。昔は紙に接着剤で文字や絵を描き、金箔などを接着するという方法で、ほかの顔料では表現できない金属の質感や輝きを印刷物にあたえていました。これが箔押し印刷の原型です。
現在では箔押し印刷の技術も進化し、直接箔を貼り付けるといった技法は限定的にしか使われなくなりましたが、それでもほかの印刷技術では得られない「箔押し印刷ならではの魅力」があるという点は今も変わっていません。
1章 箔押し印刷の基礎技術
1. 箔押し印刷の原理
箔押し印刷の原理は、「紙の上に皮膜を接着する」というものです。紙の表面に顔料を乗せるのではなく、被膜を乗せることで紙色や紙の質感に左右されないクッキリとした印刷表現が可能になります。
今日行われている箔押し印刷では、接着層、金属蒸着層、着色層などの多層構造になっているフィルム(真空蒸着箔)を紙に乗せ、上から版で圧力をかけると同時に熱を加え、箔を乗せる部分を紙に圧着させるという方法が主流です。またさまざまな種類・厚みの紙・プラスチック・ビニール・革などにも加工することが可能となっています。
このうち、接着層は箔と紙とを接着し、蒸着層はメタリックな光沢を発し、着色層に顔料を置くことで金色・銀色、緑箔(メタリックグリーン)や赤箔(メタリックレッド)といった金属色の違いを表現することができます。またメタリックな質感は残るもののあまり光を反射しないツヤ消し、メタリックブラック、あるいは半透明な光沢が楽しめるパールといった質感も可能になっています。
また、金属蒸着層のない、顔料だけをフィルムにコーティングした「顔料箔」や、顔料を含まず質感や透明感だけを紙にあたえる「透明箔」といった特殊な箔もあります。
2. 版の種類
箔押し印刷には、箔を加圧し紙に接着させるための版も重要な役割を果たします。
箔押し用の版としては下記の種類があります。
・腐食版(凸版)・・・亜鉛、マグネシウム、銅などの板を酸などで腐食させて作成する版。短時間で制作できコストも比較的安い反面、版の掘りが浅いためにクッション性の高い厚い用紙などに箔押しする作業には向いていません。
・彫刻版・・・真鍮や銅などの板を、職人が手作業で刻印して版にしたもの。版の掘りが深く、細かい文字や繊細な図柄などを表現するのに適しています。ただし手作業のため作成にはやや時間がかかり、図柄が複雑になるほどコストがかかるという弱点もあります。
・ラバー版・・・ラバーを型取りして版にします。紙の材質や厚みを選ばず、また紙以外の硬い素材に対しても箔押しが可能というメリットがあります。
2章 箔押し印刷の魅力
1. 「金属」の質感や重量感を表現
箔押し印刷のもっともわかりやすい魅力は「金属感」が表現できることです。一般的な印刷物にも金属色のインキ(金銀特色など)を使用することはでき、それなりに光の反射や光沢を表現することはできます。しかしどうしても紙の「地の質感」に左右されるため、「金属のシールを貼ったような」リアルな金属的質感を表現することはできません。
その点、箔押し印刷では紙の上に被膜を接着することで「被膜の質感」を表現することができ、金・銀・銅などの金属表面に近い表現が可能となります。デザインによっては金属の重量感まで感じさせることも可能でしょう。
2. エンボスなどとの組み合わせで効果倍増
箔押し印刷は、活版印刷・オフセット印刷・シルクスクリーン印刷などの印刷工程を経た後の印刷物に対して加工を行うことが可能です(印刷技法によっては、箔押し印刷の後に別の印刷工程を重ねることもできます)。また、一般的な印刷以外にもさまざまな特殊印刷技術と組み合わせることもできます。
たとえば金の箔押し加工とエンボス加工(紙の裏面を押し上げるなどして表面を盛り上げる技術)とを組み合わせることで、箔押し部分に高さ(厚み)を感じさせることもできます。まるで紙の表面に金属のプレートを貼り付けたような、あるいは溶かした金属を紙の上に盛り上げたような特殊な印刷効果を発揮することもできるでしょう。
3. 空押しについて
上で述べたように、箔押し印刷には箔を版で紙に圧着させる技術が用いられています。この際、箔を使わず版だけで紙に圧力をかける技法のことを「空押し」といいます。
クッション性の高い、ある程度厚みのある紙に対して空押しをすると、押した部分がくぼんで立体感のあるデザインが可能になります。デザインや紙との相性によっては、たとえばレース編みのような繊細な質感が表現できたり、光線の加減によって見え方が変化する文様が表現できたりといった付加価値の高い印刷物を制作することができるでしょう。
ただし、薄い紙やコシのない紙の場合は十分な凹凸効果が表現できなかったり、時間の経過とともにくぼみが復元してしまったりという場合もありますから、空押しを効果的に使えるかどうかは印刷技術者の経験に基づく判断や技術力が重要になってきます。
3章 箔押し印刷の歴史
1. 「箔」について
「箔」とは金属を薄く(もっとも薄いものでは1万分の数ミリレベルにまで)引き延ばしたものです。 金などの柔らかい金属(展延性の高い金属)は、叩くとどこまでも薄く延ばしていけることが古くから知られていました。たとえば1グラムの金をどこまでも引き延ばしていくと、3キロメートル以上の金糸がとれるといわれています。また、いくら薄く延ばしてもその光沢や質感が変化せず、箔を施したアクセサリーや仏具、調度品などはまるで純金製であるかのように見えるため、箔は古来世界各地で重用されてきました。
2. 箔押し印刷の発達
箔は、貴重な経本(印刷ではなく写本の時代から)などの装丁にも用いられています。日本では明治期を経て技術が発達するにつれ、本に箔押しをするときは紙に卵白などの接着剤を塗り、その上に箔を乗せて圧着し、余分な箔は刃物などで切り取るという作業が行われるようになりました。
こうした箔押しは昭和中期頃まで行われていましたが、1954年にイギリスで「真空蒸着法」が発明されてから様相が一変します。真空蒸着法によってフィルムに接着層、金属蒸着層、着色層を形成できるようになり(これをメタリックホイルといいます)、箔の取扱いは飛躍的に楽になり、工程も大幅に省略されました。またそれまでにない精緻な印刷表現も可能となったのです。
日本でメタリックホイルが製造されるようになったのは1960年のことです。それ以降、箔押し印刷はその美しさや独特の表現力のため多くの商業印刷物に使用されるようになり、印刷技術もそれにつれて向上していきました。
4章 箔押し印刷の現在と最新技術
1. 複合技術で差別化を
今日では、箔押し印刷はほかの特殊印刷技術との複合、あるいは性質の異なる箔押しや空押しを複数回重ねることなどで表現域をさらに広げています。
箔押し印刷とエンボス加工との組み合わせについては上でも触れましたが、箔押ししてメタリックな質感を表現したうえで文字や文様を空押し/エンボス加工することによって、金属に刻印を施したかのような効果をもたらすことができます。
また、性質の異なる箔押しを繰り返すことによって箔の色や質感の違いを重ね合わせ、不思議な奥行き感を表現する技法もあります。色違いの箔を重ねあわせることによって下の箔が微妙に透けて見えるといった技法も魅力的です。
一方、不透明度の高い箔をマスキングに使うというユニークな技法もあります。地紙にあらかじめ文様の全面印刷を施しておき、文字やモチーフの形を抜く形でほかの部分に箔押しをすると、文字部分だけの文様が浮かび上がって見えるというものです。
こうした技法は、最新技術というよりも既存技術の組み合わせや斬新なアイディアによって新しい表現手段を確立した例です。箔押し印刷によるこうした試みは必ずしもやり尽くされたとはいえず、創意工夫によってまだまだ新しい表現が可能でしょう。
2. ホログラム箔押し印刷の面白さ
ホログラムとは、レーザー光線をつかって光の干渉縞を記録し、立体画像を表現する技術です。極めて意匠度が高いという特徴があり、今日の箔押し印刷ではこうしたホログラム箔を利用することもできます。
虹のように、あるいは蝶の羽の鱗粉や玉虫のように、光線があたる微妙な角度によって輝きがさまざまに変化するホログラム。ギラギラ感を演出したり、あるいは見る角度によって違う図柄を表現したりといったことが可能です。
また、ホログラム箔押し印刷には、「偽造防止対策」といった実用性も期待できます。クレジットカードやIDカードにはホログラムシールを貼られたものが数多くありますが、これは特定の位相(方向)から光をあてたときにだけ再現される立体画像を認証することにより偽物を識別するためのものです。
3. これからの箔押し印刷技術
箔押し印刷は「フィルムから紙に圧力と熱で箔を圧着する」という原理で行われます。このため、あまり小さい文様や文字を箔押し印刷で表現することはできませんでした。
しかし最新の箔押し印刷技術では、箔押しした皮膜の表面に微細な文様(マイクロエンボス)をほどこすことでデリケートな質感の違いを表現したり、箔部分の光の反射をコントロールしたりといったことが可能になっています(ディフラ加工など)。
また、100線*という、箔押し印刷としては破格の精度での加工も可能となってきており、箔押しによって形成した網点の重ね合わせによって図柄を表現するといった新しい技法の開発が進められています。
*線は印刷物の網点の細かさの単位。1インチあたりに何本線がひけるかを基準としている。およその目安としては、新聞は60~80線、モノクロの書籍やチラシなどは100~133線、カラーパンフレットやカタログなどは175線以上。
まとめ
紙に「箔」という異素材を組み合わせることで印刷界に「質感」という表現方法を確立した箔押し印刷。紙に凹凸を加えることでさらなる表現域の拡大に成功しています。
しかし、技術が高度に進化した今日でも、「紙と異質の素材を組み合わせる」という箔押し印刷ならではの難しさも残されています。
たとえばスミベタ(黒一色の塗りつぶし)の上に箔押しをすると、場合によっては箔の金属成分が黒インキのカーボンと反応して錆びてしまうことがあります。また箔と箔を重ねる際にも、重ねが可能なものとそうでないものがあります。
こうした問題は、印刷技術者の経験によって回避方法が発見されたり、あるいは新しい印刷素材が開発されることによって克服されたりといった試行錯誤の積み重ねで少しずつ解決されてきました。
かつては「不可能だ」とされていた表現が新たな技法によって次々と可能になっていく箔押し印刷の世界。多くの人にその魅力や面白さに触れていただくことで新しいニーズやアイディアが生まれ、今後さらに飛躍的に進化していくことでしょう。
河内屋(カワチヤ・プリント)の箔押し印刷・箔押し加工について